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形は心を進める

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仕事だからお経を唱えていたのですが、当方のお客様も含め最近は唱えることが楽しいと思うようになり、やはり毎日行なう事は何かを掴むのだと妙に納得の気分です。
「心は形を求め、形は心を進める」と言う言葉があり、お経を唱えるは形を求めるであると言えます。
自宅で唱えることは可能ですが、それでは心を進ませるには不足、故にいろいろな寺院や神社へ定めに従って伺います。 私にとって伺うは、形を求めるではなく、形を敬うです。
毎回寺院の中にある全部の仏像を廻ります、廻りながらお一人毎ご挨拶をします。
正直仰々しくではなく、「また来ました、今日も素敵な格好」みたいな挨拶に近いかもしれません。 お客様も毎回皆さん廻るのですが、特に大好きなところでは意見が別れます、でも習慣のごとく、当たり前のごとく、楽しくのごとく、形を敬います。
さて形を求めるは、感謝を伝えたく大声で唱えます。
周りを見ればうちのお客様も大声、実に良いのです。 皆で唱えることは楽しい、お坊様も8名くらいで唱え、我々も唱え、大太鼓や太鼓の音にマイクの声が消されながら、消えたマイクの音を必死に追いながら御真言を追い掛ける、只管追い掛ける、振り向いたり、手を差し伸べもしない、自分で追いかける、まさに恍惚、仏の教え。
などなど終わると話しながらお茶を飲む、小さな事や将来、気にしないで生きていける気分、公園で遊ぶ幼稚園児と同じぐらい無邪気な気分、やはり唱えるときは大声で、天に届け我が声よと・・。

本当に暑い日々です。 外の仕事は非常に厳しい時期、帽子に日焼よけを欠かせない毎日です。
当方の常連のお客様と話しで、私が幼稚園から大学までミッションスクール系と聞くと大抵大笑いをされます。
どうも見た目が禍か、どう見ても神父系には見えない、時代劇に出てくる坊主に見えるらしい、序でに禿げている訳ではなく、あくまで坊主頭にしているだけだと主張すればするほど笑う。
と言いながら、ご自分もミッション系の方も多く、賛美歌の話になると必ず泣けます。 遠き若き日々、同じ歌も歳を重ねるだけで思いがこんなに違うのかと感じます。
賛美歌405『God Be With You Till We Meet Again』神ともにいまして
卒業式などに歌いますが、葬儀にも歌った経験があります。
賛美歌312「What a Friend We Have in Jesus」いつくしみ深き
この2曲は何度も何度も歌うのが普通、今更に聞くと思い出と反省の念で泣けます。 でも涙は蘇生する為の証なのです、流せば流すほど思いは蘇生し復元します。 思えば学校に正式な神父ではないのですが、事情があって修道着を着ている年配の男性がいました。 故に修道院には入れず学校の校舎の一室で生活、美術を教えていましたが、小学校出たばかしのガキでも触れてはいけない話題と理解し6年間一緒でしたが、賛美歌を一番後ろで大声で歌う声を思い出します。
今にして思えば、苦しみや思いを賛美歌に込めて神に届けと大声で歌っていたと分かります。 一回も怒ったところを見ていません、神父でさえ、シスターでさえ怒るのですが、彼が怒ったところを見たことはないのです。
最近仕事でお経を大声で唱えながら、それを思い出しました、いかなる人生を送り、いかなる悲しみを背負い、神を求めていたのか、でも素晴らしき方でした。
我が声を聞き給う、主へ届き給え、40年経過し理解は遅かりしですが、今にして私も実践です。
出来る事なれば、この賛美歌を死ぬ前に聞きたい、そして宝塚の「さよなら皆様」を合唱で聞きたい、詰まるところ下級生の皆様に合唱をして頂き聞きたい、あ~まだまだ死ねん。